直腸癌の術前化学放射線療法

直腸癌の治療はどのようにして行われるのか?

皆様が、あるいはご家族、ご友人が直腸癌であることが分かり治療を受けるときに、どのようなことをご心配されるでしょうか。まず悪性疾患であることから、最近の治療成績はどの位進歩しているのだろう、とお考えになることでしょう。また、この病気になった有名人も少なくなく、手術の結果人工肛門(お腹に便の出口を作り、装具と呼ばれる袋にとるようにしたもの)となった、という話を聞いた方もいらっしゃるでしょう。「自分も人工肛門になるのだろうか」とご心配になるのは当然のことと思います。

直腸癌の治療はどのようにして行われるのでしょうか。直腸は大腸の一部分で、肛門の近くの20cmくらいの部分を指します。直腸癌も他の大腸癌と同様に粘膜から発生します。癌が粘膜の中にとどまっている場合、あるいは粘膜の下に「根をはやして(浸潤といいます)」いたとしても比較的浅いところにとどまっている場合には、手術をしなくても内視鏡(カメラ)で取ってしまって治せることも少なくありません。

さらに浸潤が進み直腸の壁の筋肉に癌が及ぶと「進行癌」と呼ばれます。「進行癌」と言われると、「治療ができないのでは」とご心配されるかもしれませんが、全くそんなことはありません。
取り除くためには手術が必要となりますが、完治することも少なくありません。しかし、直腸癌の手術には大腸の他の部位の癌と比べていくつかの問題点があります。

① 直腸は骨盤の奥深いところにあるので、特に癌が大きいときは手術が難しいことがある。
② ①と同じ理由のために癌を切り取るときに十分な「余白(切除マージンといいます)」をとれず癌細胞が残ってしまい、切除したその場所あるいはその近くに再発(局所再発といいます)が起こりやすい。
③ 肛門と癌が近い場合には肛門と一緒に取らないと完全に切除できず、その場合には人工肛門が必要になる。
④ 膀胱、生殖器あるいはそれらを調節する神経(自律神経)の近くを手術するので、機能障害が起こることがある。

これら直腸癌手術特有の困難性を改善するために手術の前に放射線治療と抗癌剤治療を補助的に行う治療法(術前補助化学放射線療法preoperative chemoradiotherapy:CRT)があり、欧米では標準治療として広く行われています。帝京大学大腸外科ではいち早くこの治療法を取り入れ、これまでに約120名の患者さんに治療を行ってきました。さて、このCRTには実際にどのように行われ、どのような効果があるのでしょうか。

(1) CRTの適応

治療を始める前に病気の状態、全身の状態を詳しく調べます。早期の癌であればカメラによる摘除、あるいは前治療を必要とせず手術のみで十分な治療ができる場合が多いです。転移が見つかった場合にもCRTが適さない場合があります。また他の大きな病気がある方や、内蔵の働きが低下している方などCRTの負担が大きいと考えられる場合にはCRTを行いません。CRTに適しているのは肛門の比較的近くに出来た遠隔転移のない直腸の進行癌で、他に大きな病気や内蔵機能の低下のない方です。実際には他にも細かくチェックして最終的には患者さんと相談の上、治療方針を決定します。

(2) 治療の実際

当院で行っている方法は、放射線治療として土日、休日を除いた毎日少しずつ(1回1.8〜2グレイ、グレイは放射線の単位)放射線を当て、全部で25から28回照射を行います。放射線を当てる範囲は直腸の癌の部分、癌が広がっている可能性のある周囲の組織やリンパ節で、副作用をなるべく減らすために必要のない部分に放射線が当たらないよう事前に厳密に照射の範囲を設定しています。一回の照射は非常に短時間で終了し、照射の最中に苦痛を感じることは通常ありません。放射線治療と並行して抗癌剤を使います。最近は内服薬(カペシタビンまたはS-1)と点滴薬(オキサリプラチンまたはイリノテカン)の抗癌剤を併用する方法を行っています。CRTが終了してから約2ヶ月間おいて手術を行います。これはCRTの効果が最大限に現れるのを待つためです。手術では病変部の直腸と周囲のリンパ節を摘出します。肛門は可能な限り残して手術を行っており、最近ではCRTを行った患者さんの7割以上の方に肛門を残した手術が可能となっております。ただし肛門を残した場合にも腸を接続した部分(吻合部)を保護するための一時的な人工肛門を作る場合もあり、この場合には手術後3〜6ヶ月後に人工肛門を元に戻す手術を行います。

(3) 治療の効果

CRTによってほぼ全ての方で直腸癌の大きさが小さくなり、平均約1/3位の大きさまで小さくなります。図1は直腸癌のコンピュータ断層撮影(CT)を行い3次元に再構築したものですが、大きな癌によって直腸が狭くなっている部分がCRT後に癌がはっきりと小さくとなっているのがお分かりになると思います。1〜2割の方の直腸癌は完全に消失してしまいます(complete response、CR)。図2は直腸の内視鏡写真ですが、大きくていびつな癌の部分がCRT後に完全に消失しました。摘出標本を顕微鏡で詳しく調べても癌細胞は完全に消失していました(図3)。また直腸の癌部分のみならず周囲のリンパ節への癌転移の頻度も約1/3に減少します。これらの効果によって直腸癌でおこりやすい、厄介な局所再発を減らすことができるのです。また癌が小さくなることで一部の患者さんでは、困難と思われた肛門の温存が安全に行えるようになる場合もあります。図4は肛門の非常に近くに出来た直腸癌で、このままでは肛門を残すのは難しいと考えられましたが、CRTを行ったところ癌が小さくなることで肛門からの距離も広がり、無事肛門を残して手術を終えることができました。さらにCRTのリンパ節への治療効果から、自律神経にダメージを生じるリンパ節摘出操作(郭清)を控えることで排尿機能や性機能(特に男性の勃起や射精の機能)に影響の少ない手術が可能になります。最近は、これらCRTの効果を生かして、お腹を大きく切開しない腹腔鏡による手術を行っており、非常に少ない出血量(約50ml、献血よりも遥かに少ない量)で体にやさしい治療が行えるようになりました。
※図1,2はいかがしましょう。

(4) 治療による副作用

放射線の影響で肛門近くに皮膚炎を起こすことがありますが、一過性であり多くは軟膏で改善します。半数弱の患者さんに下痢や白血球減少を認めますが、治療をお休みすることなどで対処しますので重症化することはほとんどありません。当院の治療経験では、CRTの手術に対する悪影響(手術後合併症の増加)はほとんど認められませんでした。肛門括約筋(肛門を締める筋肉)に放射線があたることで働きが低下し、便失禁(漏れてしまうこと)が起こりやすくなる可能性が指摘されています。当院では括約筋に対する不要な照射をなるべく避けるようにしており、また患者さんの排便機能をモニターしたところ時間とともに改善していることが分かり、多くは生活に支障がないレベルに回復していました。

(5) 治療の課題

病気の治療というものは全ての患者さんに全く同じに効果が現れる訳ではなく、CRTも例外ではありません。癌が完全に消えてしまうほど効果が現れる患者さんは、これまで約1〜2割程でしたが、最近は併用する化学療法の進歩により3割以上の患者さんで癌の完全消失が期待されるようになりました。当院では他の専門施設と共同でより多くの患者さんにより高い治療効果が現れるCRTの方法に関する研究を行っています。また治療効果を予測する方法に関する研究も行っており、個々の患者さんに最適な治療法を選択し行う(テーラーメイド治療)ことを目標として研究を行っています。